孤独についての考察

何回か前のコラムで昨年デビュー50周年を迎えたユーミンのことを書きました。

あるインタビュアーからの「(50周年を迎えた今)改めて感じることは何ですか?」という質問に対してユーミンは「五十年走ってきて、いま孤独感を感じるのかな。」と答えた事に驚いたという内容でした。

また先日、再放送されていたイチローのドキュメンタリーを見ているとまたその言葉が出てきました。

「日々孤独との闘いだった・・・。」最近特に意識しているから、余計にその言葉が気になっているのだとは思いますが、それでも「孤独こそが人生最大のテーマじゃないのか」と感じるようになってきた今日この頃なのです。

独身の友人はよくこんなことを言います。

「家で一人で亡くなっていても誰にも気づかれないかもしれない、それだけは絶対嫌だ」と。

しかし、考えてみれば、夫婦であっても同時に亡くなるなんてことはなく、どちらかは最後一人になります。

お子さんがいらしても、最近は同居する方は少ないでしょうし、結局は人は、一人で生まれてきて一人で死んでいくのだなと思います。

私は若い頃、仕事柄、締切に追われた忙しい日々を送ってきました。

なので「自分は生きていくために仕事をしているのか、仕事をするために生きているのか?」とよく自問していました。

そんな時、友人たちとの飲み会こそが、仕事を忘れさせてくれる一番の心のオアシスであり、いわば生きがいとも言えることでした。

それは今もほぼ変わりません。

しかし結局、友人たちと飲むのも、ひとときの孤独感から逃れるためであり、満足を得るためには、それを外に求めるより、自分自身が満たされないといけないなと思うように変わってきました。

何もかも得たように見えるユーミンしかりイチローしかりです。

なんだ哲学的な話になってきましたが、まぁ要するに、こんなどうでもいいような話を色々考えたり、それを友人たちと飲みながら話すのが何より好きだということなんですが・・・。

でも、真面目な話、孤独と向き合い、打ち勝つことこそが、人生のテーマだなと本当に思うのです。

先日見た「茶飲友達」という映画をでも、まさにそれを実感しました。

皆さんはどう捉えているでしょうか。

大事なのは、孤独を楽しめるようになることと、孤独を感じた時や、人生を終える時に、思い浮かべられるような、愛情に溢れたたくさんの思い出を持っているかでは?と思ったりしています。