最後をどう選択したいのか。

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最後をどう選択したいのか。

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正月、学生時代の友人たちと新年会で飲んだくれている最中、一本の電話が掛かってきました。義理の妹からで、もうそれだけでピンと来ました。案の定、「母危篤」の連絡でした。

新年会をすぐに切り上げ、病院に向かいましたが、そのまま翌日亡くなってしまいました。傘寿を迎えたばかりだったので、現代の感覚から言うと早い別れなのでしょう。しかし僕自身は、もちろん悲しさや寂しさはありましたが、ほっとした、というのが正直な気持ちでした。

母は6年ほど前から認知症を発症し、しばらくして自分で食事を取ることができなくなっていました。そして選択したのが、「胃ろう」という道でした。決断したのは、母と再婚し同居していた義理の父でした。

コミュニケーションも取れず、口から物も食べられない。それで果たして母は「生きている」と言えるのか。「食べれなくなった時点で、それは即ち天寿を全うしたということではないか」というのが私の考えです。

しかし、義理の父は「胃ろう」を決定してしまいました。『どうしても(母に)先立たれて欲しくない、面倒は自分で見る』、という思いだったのでしょう。しかしなんと、義理の父はその後すぐに亡くなってしまったのです。

一人施設に入っていた母は、昨年、癌が見つかったものの、年齢的に対処療法も難しいということで、ターミナルケアの施設に移転させる予定でした。そして、その予定日前日に危篤となり、旅立って行ったのでした。

ずっと考えていたこと。それは自分で語れなくなった母自身が、いったいどう思っていただろうということです。

寝たきりになっても、自分の口で物が食べられなくなっても、生き存えたかったのだろうか。もっと言うと、自分の足で歩けなくなっても、子どもの顔も名前もわからなくなったとしても、介護なしでは排泄ができなくなっても、生き存えたかったのだろうか。

人生を共に歩むパートーナーのことも含め、「これからの人生をどう生きたいのか」を考えることも大切ですが、「最後どう選択し、どう死にたいのか」ということを考えることも大切なのではないか、と母の死を経験し改めて感じました。